名古屋地方裁判所 昭和46年(ワ)571号 判決 1976年5月14日
原告
鈴木秋正
ほか四名
被告
重盛浩
ほか一名
主文
被告重盛浩は原告鈴木秋正に対し、金一、五三七、一三六円及び内金一、三八七、一三六円に対する昭和四三年三月二二日から、内金一五〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告鈴木秋正の被告重盛浩に対するその余の請求並びに被告丸久交通株式会社に対する請求を棄却する。
原告鈴木三千雄、同柴田正雄、同鈴木康行、同杉山節子の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その八を原告鈴木秋正の、その余を被告重盛浩の各負担とする。
この判決は第一項にかぎり仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の申立てた裁判
一 原告ら
「被告らは各自、原告鈴木秋正に対し金七、七二一、三四四円、原告鈴木三千雄、同柴田正雄、同杉山節子、同鈴木康行に対し各金二〇〇、〇〇〇円及び右各金員に対する昭和四三年三月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。」
との判決並びに仮執行の宣言。
二 被告ら
「原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決。
第二請求原因
一 事故の発生
昭和四三年三月二二日午後四時五〇分頃、四日市市霞ケ浦町競輪場北側の交差点で、被告重盛が保有し且つ運転していた普通貨物自動車(三重四ぬ第一七八〇号)と、被告丸久交通株式会社が保有し、訴外大之木美昭が運転していた普通乗用自動車(名古屋五く第七二五五号)とが衝突した。
原告鈴木秋正は右被告会社の普通乗用自動車に乗客として同乗していたものである。
二 原告の受傷
原告は右事故によつて頭部打撲、外傷性頸髄症(頸部捻挫)、右肩打撲、右胸鎖関節脱臼の傷害を受け、昭和四三年三月二二日から同四四年二月一六日まで三三二日間四日市市八田町の長谷川整形外科病院に入院し、退院後も昭和四四年二月一七日から同四五年一二月末まで右病院に通院して治療を受けたが、完治しないで右肩関節拘縮(一上肢の三大関節中一関節の用を廃したもの)、右鎖骨に著しい奇形を残し、脊柱に著しい運動障害を残すなどの後遺症を残すに至つた。
三 帰責事由
被告らはそれぞれ前記加害車両の保有者で、自賠法三条の責任がある。
四 原告鈴木秋正の損害
(一) 治療費 金一、八一二、二二四円
(二) 入院雑費 金六六、四〇〇円
前記入院日数三三二日につき一日金二〇〇円の割合。
(三) 通院交通費 金三〇、五六〇円
原告宅から前記長谷川病院まで通院するに際し、名鉄本線奥田駅で乗車、名古屋駅で近鉄に乗り換え、近鉄富田駅で下車する。
昭和四四年二月から同四五年九月までの運賃
(イ) 名鉄奥田駅―新名古屋駅 往復一〇〇円
(ロ) 近鉄名古屋駅―近鉄富田駅 往復二二〇円
昭和四五年一〇月以降
右(イ)区間 往復一四〇円
右(ロ)区間 往復二六〇円
通院実日数 九二日
(四) 休業損害 金一、八〇〇、〇〇〇円
原告秋正は本件事故当時約三、五七〇・二四平方メートル(三反六畝)の農地を耕作する傍ら雑役にも従事し、一ケ月平均五〇、〇〇〇円を下らない収入を得ていた。本件事故後本訴提起まで三年間前記傷害のため稼働できず、計金一、八〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つた。
(五) 逸失利益 金三、六三二、一六〇円
原告秋正は本訴提起時六〇歳で、向後七・五年は稼働できる。前記後遺症のため労働能力は九二パーセントも喪失した。
本訴提起後における逸失利益の現価をホフマン方式に従つて算出すると金三、六三二、一六〇円となる。
(六) 慰藉料 金五、〇〇〇、〇〇〇円
入、通院分 金二、〇〇〇、〇〇〇円
後遺症分 金三、〇〇〇、〇〇〇円
(七) 弁護士費用 金五〇〇、〇〇〇円
以上損害合計 金一二、八四一、三四四円
五 原告秋正を除くその余の原告らの損害 各金二〇〇、〇〇〇円
秋正以外の原告らはいずれも秋正の子であるが、父秋正が本件事故のため廃疾者となつてしまつたので、その精神的苦痛は大きく、慰藉料各金二〇〇、〇〇〇円を相当と考える。
六 損害填補
原告秋正は本件損害につき自賠責保険金五、一二〇、〇〇〇円の支給を受けた。
原告秋正の損害残は金七、七二一、三四四円となる。
七 結論
そこで、原告鈴木秋正は被告ら各自に対し金七、七二一、三四四円及びこれに対する昭和四三年三月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を、原告鈴木三千雄、同柴田正雄、同鈴木康行、同杉山節子は被告ら各自に対し各金二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四三年三月二二日から完済まで右割合の遅延損害金の支払を求める。
第三被告重盛浩の答弁
一 請求原因一項の事実を認める。
二 同二項の事実は知らない。
三 同三項のうち、被告が原告主張の普通貨物自動車(三重四ぬ第一七八〇号)の保有者であることは認める。
但し、本件事故は訴外大之木美昭の運転していた普通乗用自動車が交通整理の警察官の手信号に従つて西進した被告重盛の車の後部左側に衝突して発生したもので、その原因は右訴外人の一方的な過失によるものであつて、被告重盛は無過失である。
四 同四項はすべて争う。
但し通院の経路及び運賃単価は認める。
五 同五項のうち身分関係は知らないし、その余の点は争う。
六 同六項のうち、原告鈴木秋正が自賠責保険金五、一二〇、〇〇〇円の支給を受けたことは認める。
第四被告会社の答弁
一 請求原因一項の事実を認める。
二 同二項の事実は知らない。
三 同三項の運行供用者としての責任を争う。
本件事故は、訴外大之木美昭の運転する普通乗用自動車が事故現場の交差点を交通整理の警察官の信号に従つて北進中、狭い交差道路から突如として被告重盛の普通貨物自動車が飛び出し右訴外人の乗用自動車に衝突してきたものであつて、事故の原因は一にかかつて被告重盛にあり、右訴外人には全く過失はない。
そして右乗用自動車には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたから被告会社は自賠法三条の責任はない。
四 同四項はすべて争う。
五 同五項も争う。
六 同六項は知らない。
第五証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生
原告主張の日時、場所において原告主張の普通貨物自動車と乗用自動車(原告が乗客として同乗)とが衝突したことは当事者間に争いがない。
二 事故の態様
成立に争いない乙第一号証ないし同第八号証によれば、本件事故当時事故現場(東西に通ずる四日市市大字羽津五一六七番地付近市道と南北に通ずる同所名四国道とが交差する交差点)では四日市市競輪が終了し右国道に流出する車両等の整理のため警察官の手信号によつて交通整理が行われていた。被告重盛は前記普通貨物自動車を運転して右市道を西進し右交差点に進出しようとしたが、そのとき右交差点中央で訴外大井巡査が手信号をもつて東向きの姿勢で東西の交通を止め、南北の交通の整理をしていたので、交差点の東側で一旦停車した。そのうち、大井巡査は右競輪場から出る車両を北進させるため一時南進車両をも止めて北進車のみ通行させていたが、偶々被告重盛の車両が交差点東側に停車しているのを認めて、同巡査の立つている交差点中央付近まで発進するよう手信号を出した。被告重盛は右大井巡査の手信号を確実に読みとることなくこれを交差点西進横断の手信号と見誤り、自車を同交差点西側に向けて加速して直進横断したため、折から右巡査の北向け直進車進めの手信号に従つて同交差点を南から北に向けて通過しようと進出してきた訴外大之木美昭運転の前記普通乗用自動車前部に自車左側面部を接触させた。という事故態様が認められる。
三 原告鈴木秋正の受傷
同原告本人尋問の結果成立の認められる甲第四号証の一、二、同第五号証、同第六号証、成立に争いない甲第八号証、同第九号証、同第一三号証の一ないし三並びに前記認定の事実によれば、前記訴外大之木運転の普通乗用自動車に乗客として同乗していた右原告が、本件事故によつて頭部打撲、外傷性頸髄症、右肩打撲、右胸鎖関節脱臼等の傷害を受け、本件事故の日から昭和四四年二月一六日まで四日市市内長谷川整形外科病院に入院(入院日数三三二日)、同年二月一七日から同四五年一二月三一日まで右病院に通院(治療実日数九二日)して治療を受けたことが認められる。
四 被告らの責任事由
前記二項の事故態様並びに挙示の証拠によれば、本件事故は警察官の手信号によつて交通整理が行われていた交差点において、被告重盛が右警察官の手信号を確実に読みとりその信号の表示に従つて安全運転をし事故発生を未然に防止すべき注意義務を怠つた過失によつて発生したものと認められるものであるが、右警察官の進めの手信号に従つて前記交差点を南から北に向けて直進通過しようとした訴外大之木美昭には本件事故発生につき過失がなかつたものと認めるが相当である。
したがつて、前記貨物自動車を保有し且つ運転していた被告重盛は自賠法三条により本件事故によつて与えた原告の損害を賠償する責任がある。
しかし、訴外大之木美昭の運転していた前記普通乗用自動車を保有する被告丸久交通株式会社については、前記のとおり右訴外人は無過失で且つ右乗用自動車に構造上の欠陥又は機能上の障害があつたという特段の事情も認められないので、自賠法三条但書により運行供用者としての損害賠償責任を負わすことはできない。
五 原告鈴木秋正の損害 合計金六、五〇七、一三六円
(一) 治療費 金一、八一二、二二四円
成立に争いない甲第六号証、同第八号証、同第九号証によれば、同原告が前記入・通院による治療費として計金一、八一二、二二四円の出費を余儀なくされ、同額の損害を蒙つたことが認められる。
(二) 入院雑費 金六六、四〇〇円
同原告の前記入院中(三三二日)における雑費としては、同原告主張の一日金二〇〇円の割合による計金六六、四〇〇円の損害を蒙つたものと認めるのが相当である。
(三) 通院交通費 金三〇、五六〇円
前掲甲第八号証、同第九号証によれば、同原告が昭和四四年二月一七日から同四五年一二月三一日までの間前記長谷川整形外科病院に計九二日(内訳、昭和四五年九月まで七八日、同年一〇月以降一四日、計九二日)通院したことが認められるところ、同原告主張の公共の交通機関を利用しての通院経路並びに運賃については被告重盛の争わないところであるので、以上によつて同原告の通院交通費を算定すると計金三〇、五六〇円となる。
(四) 逸失利益
原告鈴木秋正本人尋問の結果成立の認められる甲第四号証の一、二、成立に争いない同第一三号証の一ないし三、鑑定人医師伊藤博治の鑑定結果、証人伊藤博治の証言及び同原告本人尋問の結果を綜合すると、原告秋正は前記のとおり入・通院による治療を受けたが、事故後一ケ年を経過した昭和四四年三月末頃には症状固定し、右肩関節拘縮、右胸鎖関節脱臼による変形並びにその下部疼痛、背柱の運動障害等後遺障害を残し、自賠法施行令別表後遺障害等級四級相当と認定(併合認定)され、その後昭和四八年二月頃には右後遺障害の程度はやや軽快し、右肩関節周囲の筋、腱の硬化、弾力性そう失による右肩関節の運動障害及び頸部運動障害等の後遺障害を残しながらその等級は以前より軽く併合して七級相当と認定されたこと、右後遺障害はもちろん本件事故による前記外傷に原因するものであるが、他面同原告には変形性頸椎症という一種の老人性変化の身体的素因があつて、それも右後遺障害の一因をなしていること、さらに同原告が前記入・通院による加療期間中から今日に至るまできわめて長期間継続して頸部カラーを使用し、また右上腕から右胸部にかけてベルト様のものを装用して右上腕が右胸部から離脱しないように固定していたため右肩節部の腱、筋が硬化し弾力性をそう失する結果を招き、却つて症状を悪化させ、これがまた前記後遺障害の一要因となつていることなどの事実が認められる。
ところで、成立に争いない甲第三号証の一、原告鈴木秋正本人尋問の結果により成立の認められる甲第一二号証の一、二及び同原告本人尋問の結果によれば、同原告は本件事故当時年齢五六歳で、日当金一、三〇〇円の割合で雑役に従事し一ケ月平均金二四、〇〇〇円の収入を得ていたことが認められる。そのほか、成立に争いない甲第一〇号証、同第一一号証及び同原告本人尋問の結果によれば、同原告が約三、五七〇・二四平万メートル(三反六畝)の田を小作し農業にも従事していたことが認められるが、右農地の耕作状況及び収穫状況についてはこれを明らかにする資料がなく、現実にどれほどの収益をあげていたかは全く不明である。
以上の諸事実に基いて以下原告秋正の逸失利益を算定する。
(1) 休業補償 金二八八、〇〇〇円
前記入院期間並びに症状固定時における症状に鑑み、原告秋正は本件事故後症状固定時まで一ケ年間は全く稼働することができなかつたものと思われるので、その間における休業損害としては計金二八八、〇〇〇円(24,000円×12-288,000円)と認めるのが相当である。
(2) 後遺障害による逸失利益 金一、三〇九、九五二円
原告秋正の年齢からみて前記症状固定時以降なお一〇年間は少くとも稼働できると思われるが、前記後遺障害の程度及び好転状況並びに同原告自身の変形性頸椎症の身体的素因や、同原告が長期継続して頸部カラーを使用し、またベルト様のもので右上腕を固定したことが症状を悪化させ前記後遺障害の一要因となつている事情を綜合判断すると、右就労可能年数一〇年のうち前の四年間は七割、後の六年間は四割労働能力を失つたものとして逸失利益を算定するのが相当と考える。
そこで、前記同原告の雑役による収入を基準としてホフマン方式に従いその逸失利益の現価を算出すると計金一、三〇九、九五二円となる。
288,000円×0.7×3,5648=718,562円……(イ)
288,000円×0.4×5,1336=591,390円……(ロ)
(イ)+(ロ)=1,309,952円
(五) 慰藉料
原告秋正の前記外傷の部位、程度、後遺障害の状況、治療状況等諸般の事情を考えると、同原告に対する慰藉料としては金三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
六 原告鈴木三千雄、同柴田正雄、同鈴木康行、同杉山節子の損害について
成立に争いない甲第三号証の一ないし五によれば、同原告らはいずれも原告秋正の子であることが認められるが、原告秋正の前記外傷並びに後遺障害の状況からみて同人らに対しとくに精神的損害を認める必要があるとは考えられない。
七 原告鈴木秋正の損害に対する填補
同原告が自賠責保険から前記損害の補償として金五、一二〇、〇〇〇円の支給を受けたことは被告重盛の争わないところであるから、前記損害額からこれを控除すると同原告の損害は残り金一、三八七、一三六円となる。
八 弁護士費用
原告秋正の前記損害額、同損害に対する填補の状況等諸般の事情を考えると、同原告の本訴提起に伴う弁護士費用の損害としては金一五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
九 結論
以上のとおり、被告重盛は原告鈴木秋正に対し金一、五三七、一三六円及び内金一、三八七、一三六円に対する本件事故の日である昭和四三年三月二二日から、内金一五〇、〇〇〇円に対する本判決言渡の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
原告秋正の被告重盛に対する本訴請求は右の限度でこれを認容し、その余は理由がないので棄却する。
なお、同原告の被告丸久交通株式会社に対する請求は、同被告会社の帰責事由が認められないので、これまた棄却することとする。
さらに、原告鈴木三千雄、同柴田正雄、同鈴木康行、同杉山節子らの本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却する。
そこで、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 至勢忠一)